「おまえら、薄っぺらな書類を入管に運ぶだけで、なんで何万、何十万円も取るの? おまけしてよ。」
はい。気持ちは、よく分かります。
完成した申請書だけを見れば、そう見えることがあります。
A4の紙が数枚。申請書、理由書、会社資料、証明書。それをファイルに入れて、入管に持っていく。
外から見れば、
「これ運ぶだけで10万円?」
となるのも無理はありません。
さらに最近はオンライン申請もあります。となると、
「運んですらいないじゃないか。」
ごもっともです。
それなら、行政書士の報酬は宅配便より安くてもよさそうです。
紙の重さで料金を計算しているわけではない
しかし残念ながら、私たちは紙の重さで料金を計算しているわけではありません。
理由書が1枚だから安い、100枚出したから高い、そういう仕事でもありません。
むしろ、本当に難しい案件ほど、最終的に出す書類は薄くなりがちです。その数枚にたどり着くまでに、こんなことをずっと考えているからです。
「この事実は出すべきか」
「この説明をすると、逆に別の疑問を生まないか」
「入管は何を疑っているのか」
「この職務内容で在留資格に該当するのか」
「この会社の売上、人員、事業実態で説明が通るのか」
「この人の過去の申請歴と、今回の説明に矛盾はないか」
「この資料は証拠になるのか、ただの紙なのか」
出さないと決めた事実、書かないと決めた説明が山ほどあって、その最後に残ったものが、あの薄い書類です。
完成した書類だけを見れば薄い。その通りです
でも、料理屋で出てきた刺身を見て、
「魚を切っただけじゃないか。包丁を5回動かして5,000円?」
と言う人は、あまりいません。寿司屋で、
「米の上に魚を乗せただけだから、材料費だけにして。」
とも、普通は言いません。
行政書士の仕事も、少し似ています。時間がかかるのは紙を書く作業ではなく、どの事実を使い、どの事実を使わず、どの順番で説明し、どこが危ないかを判断することのほうです。
そして、一番お金がかかっているのは、Wordを打つ時間ではありません。これまで何百件、何千件と案件を見るなかで、
「この形は危ない」
「これは入管から聞かれる」
「この説明は以前まずかった」
という感覚を積み重ねてきたこと。つまり、経験です。
「厚い書類=よく働いた」は本当か
とはいえ、お客様から「ちょっと高くない?」「おまけしてよ。」と言われることもあります。
そのたびに、確かに、完成品だけ見れば薄いな。と、私も思います。
この業界には、昔から不思議な空気があります。
理由書は何十ページ。添付資料はインデックス付きで山盛り。持ち上げると、ずっしり重いファイル。
厚い書類は、「こんなに働きました」と一目で語ってくれます。依頼者への説得力は抜群ですし、書いた側にとっても安心感があります。
でも、読む側に立って考えてみてください。審査官は、毎日たくさんの申請を見ているはずです。その人が、50ページの中から本当に大事な1行を探さなければならない。厚みは親切ではなく、探し物の手間です。
論点が整理できていない書類ほど、枚数で押し切りたくなります。下手な鉄砲も数撃てば当たる、ならぬ、下手な理由書も枚数で、です。
シャリを山盛りにして「ボリューム満点!」と胸を張る寿司屋を、私たちは「いい寿司屋」とは呼びません。それと同じで、厚みは仕事の質を測る物差しにはなりません。
しかも、オンライン申請ではファイルを持ち上げて「ずっしり」とやることもできません。厚みで威張りたかった方々にとっては、なかなか厳しい時代になりました。
必要なことを、必要なだけ
誤解のないように言えば、厚い書類が悪いわけではありません。案件によっては、必要な資料が多くなることもあります。
問題は、厚さが「必要だから」ではなく、「頑張った感を出すため」「報酬を正当化するため」になってしまうことです。
行政書士が自分の報酬を正当化するために、不要な理由書を20ページ書いても仕方がありません。
必要なことを、必要なだけ出す。1ページで済むなら、1ページで終わらせる。
入管申請はページ数コンテストではありません。そのほうが良い申請だと、私は思っています。
だから、
「薄っぺらな書類なのに高い。」
というご指摘には、半分は「おっしゃる通りです」、もう半分は、こう答えたいところです。
「薄っぺらいでしょう。でも、その薄さに仕上げるのが私たちの仕事なんです。」
