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三王行政書士法人
三王行政書士法人SANNO GYOSEISHOSHI CORPORATION
入管雑感

申請資料の「ムラ」は、
すべて理由書でカバーできるのか

入管実務の業界では、在留資格の申請に際して、申請理由書や説明書を、ある意味「デフォルト」のように添付しているケースも少なくありません。

もちろん、理由書が必要な案件は多くあります。

しかし、私はすべての申請に理由書を付けるべきだとは考えていません。

理由書を付けるかどうかは、あくまでケースバイケースです。

提出する客観資料だけで事実関係や申請内容が十分に明らかなのであれば、あえて長い理由書を付ける必要性は高くありません。

一方、通常の申請資料だけでは読み取ることのできない特殊な事情がある場合には、理由書は非常に有効です。

例えば、やむを得ない事情によって長期間日本を離れていた場合、事業内容が大きく変化した場合、転職や休職に至った特殊な事情がある場合、あるいは通常とは異なる家族事情がある場合などです。

申請書、契約書、決算書、課税証明書などを並べただけでは、

「なぜ、このような状況になったのか」

までは分かりません。

その「資料と資料の間にある空白」を補う。そこに理由書の意味があります。

理由書は「資料のムラ」を治すものではない

しかし、理由書の役割を過大評価してはいけません。

客観資料によって既に確認できる事実そのものを、理由書によって消すことはできません。

例えば、住民税に未納がある場合を考えてみます。

どれだけ長い理由書を書いたとしても、未納があったという客観的事実そのものが消えるわけではありません。

一ページ書こうが、十ページ書こうが、この点は変わりません。

もちろん、なぜ未納になったのか、その後どのように対応したのか、現在はどのような状態なのか。こうした事情を説明することには意味があります。

しかし、

「事情を説明できること」と「不利な事実そのものが治癒されること」は別の話です。

これは納税だけに限りません。

売上が不足している。必要な契約が存在しない。職務内容と専攻との関連性が弱い。事業所の実態について疑問がある。必要な届出がされていない。

こうした客観的な問題についても同じです。

理由書によって背景事情を説明することはできます。しかし、存在しない資料を存在させることはできませんし、既に発生した過去の事実を書き換えることもできません。

「お客様の立場に立つこと」と「事実を曲げること」は違う

理由書を書く際に、もう一つ注意したいのが、書き手の立ち位置です。

行政書士として依頼者の事情を理解し、その事情をできる限り正確に説明することは当然です。

しかし、過度にお客様側に立ちすぎることには危うさもあります。

依頼者からすれば、

「自分には事情があった」

「悪意はなかった」

「仕方がなかった」

「何とか許可してほしい」

という気持ちを持つことは自然です。

行政書士も、その事情を詳しく聞けば聞くほど、依頼者に感情移入することがあります。

しかし、その感情をそのまま理由書に持ち込むと、次第に事実の評価まで依頼者に都合よく解釈してしまう危険があります。

不利な事実を必要以上に軽く表現したり、客観的には言い切れないことまで断定したり、場合によっては行政側を批判するような文章になったりする。

さらに進めば、事実そのものを無意識にねじ曲げてしまうおそれすらあります。

それでは、理由書本来の役割から離れてしまいます。

依頼者の利益を守ることと、依頼者の主張をそのまま代弁することは同じではありません。

行政書士だからこそ、一歩離れた位置から事実を見る必要があるのではないかと思います。

理由書は「弁論」ではなく「陳述」に近い

入管に提出する理由書は、裁判における最終弁論のようなものではありません。

少なくとも私の実務感覚では、淡々と事実を述べる方がよい場合が多いと考えています。

何が起きたのか。いつ起きたのか。なぜ起きたのか。現在はどうなっているのか。それを裏付ける客観資料は何なのか。

それらを整理し、審査する側が理解しやすい形で提示する。

そして、その事実を最終的にどのように評価するのかは、審査する側に委ねます。

行政書士が依頼者に代わって強く訴えれば訴えるほど、有利になるというものではありません。

むしろ、不利な事情も含めて事実を正確に認識し、その上で本当に必要な説明だけを加える。その方が、申請書類全体としての信用性は保ちやすいのではないでしょうか。

理由書で埋められる「空白」と、埋められない「ムラ」

理由書によって埋めることができるのは、主として、提出資料だけでは説明できない情報上の「空白」です。

一方で、客観資料そのものの不足、法令上の要件不足、既に発生している不利な事実。こうした「資料そのもののムラ」まで、理由書だけで埋められるわけではありません。

したがって、

「少し不利な案件だから、とにかく理由書を厚くしておこう」

という発想が常に正しいとは限りません。

五ページ、十ページと文章を書き足すよりも、一枚の納税証明書、一件の契約書、一つの客観的な裏付け資料の方が、はるかに重要なこともあります。

理由書は重要です。しかし、万能ではありません。

理由書とは、資料そのものを「治す」ための書類ではなく、資料だけでは読み取れない事情を補足するための書類です。

そして、その役割を越えて、理由書によって無理に一定の結論へ誘導しようとすると、かえって客観的な事実と文章との距離が広がってしまうこともあります。

だからこそ、私は理由書を機械的に付けるのではなく、案件ごとに、

「この理由書は、何を説明するために必要なのか」

を考えるようにしています。

入管申請における理由書は、熱心に書くことよりも、冷静に書くこと。

場合によっては、その方が重要なのではないでしょうか。

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